イラクから来た途中入園のH君は、入園当初は、全く日本語が話せず、集団のルールも分からず、暴れ回っていた。ピアノの上に登ったり、机の上に乗ったり、危険な行動をした。友達を突然、後ろから突き飛ばしたり、プールの水の中に頭を押し込んだり、傍若無人の振る舞いだった。子ども達もHにやられたと訴えてきて、Hを恐れた。アウトローだった。そのうち、保護者からも苦情が来た。「少し待って下さい。すぐに集団に慣れ、落ち着いてきますから」と理解を求めた。担任の先生は、手を焼いていたが、暖かく見守っていた。私もいつも注意して見ていた。H君は、良く遊ぶ子で、利発で活発でした。そのうち集団での遊びにも積極的に加わり、いつもニコニコと友達との関わりを求めた。お母さんは、ほとんど日本語が話すことができなかったが、H君は2~3ヶ月もすると会話ができるようになり、友達や先生ともコミュニケーションをとれるようになった。友達との関係も良好になり、一層、仲良く遊べるようになった。遊びの中でも、友達に手を差し伸べ、助ける姿も見受けられた。子どもの成長、発達は本当にすごいと感心し、彼の成長がとっても嬉しかった。「家でも、乱暴な行動がなくなり、とても落ち着いて、Hは変わった。この園に出会えて良かった。Hはこの園が大好きです」とお父さんは言った。
そのH君のお父さんから、11月中旬に、突然退園したいとの申し出があった。事務から、園への未払金が滞っているとの報告があった。直前に、未払いのまま退園して行ってしまった人がいたので、どうしましょうと言って来た。事情を聞くと、お金がなく、生活が苦しいので、お母さんと子ども達だけ国に帰るとのことだった。そんな事情を聞いたら、お金は払ってもらわなくともいいので、請求しなくてもいいと伝えた。しかし、11月の末にお父さんがやって来て、残金を精算していった。翌日、帰国するまで、全ての料金はいらないから、是非、園に来て遊ばせて下さいと伝えた。明日、帰国するとのことだった。バクダートの冬は寒いので、H君とご家族が好きになってくれたふたばのマークが付いた長袖の園服をプレゼントすると、お父さんは、「イラクでふたばのマークのついた服を着せます。私泣いちゃいます。嬉しいです。本当にありがとう。この園に来られて本当良かった。」と言って帰って行った。お金がないのに、生活が苦しいのに、きっとお金をかき集めて支払に来てくれたのだと思うと、未払金を受け取らなければよかったと後悔した。そして、あんなにこの園を好きになってくれたH君、お父さん、ご家族を思うと、遠くの空をながめて、今どうしているのだろう、楽しく生活して幸せになって欲しいと祈らずにいられない。新年にあたり、世界中から戦争、貧困、格差、差別がない平和な世界になることを祈ります。